花びらのゆくえ


先々週の日曜日に六義園でお花見をする予定だったのですが、雨ですっかり流れてしまいました。残念。


ところで会社からの帰りは南北線駒込駅を使うのですが、ここに最近こまごめ文庫という本箱が置かれています。ちょこちょこ新しい本は置いてあるのですが、どこかの学校の卒業文集だったり、ふるーくて著者も題名も知らないシリーズ物の第38巻だけだったりして、手に取るには躊躇してしまうのが正直なところです。それでもどんな本があるかつい確かめずにいられなかったのですが、先日は珍しくその名に見覚えのある著者の本がありました。ええと誰だっけ、あの本を書いた人だっけなどと記憶を手当たり次第に引っ張り出してみながら略歴を確認したところ、学生時代の先生でした。


先生とはいえ、先生とお呼びしていいのかどうか。なぜならうちの学校には講師としていらしていた先生で、私が4年生の時に前期のみの授業を取った程度のご縁しかないからです。


当時、4年生は就職活動真っ只中で授業どころではないという状況でしたから、いつも出席する学生は10人程度だったと思います。先生はそんな学生達に何を期待する風でもなく、自分の書いた本で淡々と授業をして帰ってゆかれました。そういう授業は他にもあったはずですが、なぜか折りにふれ思い出したりしていました。


とはいえ、テキストとして使用した先生の本を通しで読んだのは卒業してから随分後のことです。かつて自分が編集委員を務めた新聞社がいかに当初の志を捨てたかが落ち着いた文章で記されていました。


今回見つけたのは先生が満州で敗戦を迎え、日本に帰ってきたその後のことを孫に語るという本でした。以下はあとがきの一部です。
「すらっと生きてこれず、たわめられ、しわめられて生きてきたこの世代は、『なにくそっ』と何度も立ち直ることが必要でした」


私の父方の祖父は私が中学生の時に亡くなりました。5歳の時にはもう離れて暮らしていたので、何かについてよく語るということがありませんでした。敗戦後、ソ連軍に捕えられそうになって、走る列車の下にしがみついて逃げて生き延びた、という話を聞いたのは最近のことです。


祖父もいつかは自分の体験を孫に話したいと思っていたのでしょうか。


結局、今年のお花見は千鳥が淵に行きました。沢山の桜の花びらで埋め尽くされた水面に、この世のものではないような美しさを感じながらも、それを一体何に重ねたらよいのか分りませんでした。